2009年8月24日 (月)

労働者だから

と言って弱者とは限らないよね。解雇の強行的な規制が労働者保護であるというのはいいとしても、それが弱者保護だとは言いがたい。ま、弱者保護よりも労働者保護を優先したいという価値観があることは分かったが、それに引きづられるつもりはないので、悪しからず。

労働者の多くは弱者ではない(一方で、無視できない割合で弱者もいる訳ですが)のだから強行規定で保護する必要はない。むしろ、団体交渉も含めて交渉力を発揮して自分の身は自分で守ればいいのです。それでも弱者は残る訳で、彼らについては保護をしましょうや。

もちろん、保護が行き過ぎると「弱者でいる方がいい」というインセンティブが強くなるのでほどほどにね。

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モジックス「Zopeジャンキー日記」
> 企業側は,各労働者の人的資本蓄積への成果を判断しながら適正な賃金支払いを行ってゆくが,これらの査定と支払いの状況は労働組合によっても観察されており,企業側の行動に機会主義が発生した場合には,次期以降の生産活動に関して労働側が企業への協力を拒否することで企業側の機会主義を処罰することができる
> 日本の労働法は,労働組合の団結・交渉についての手厚い権利保障をすることで,企業側の機会主義への対抗力としている。そして,労使交渉の帰結としての労使合意に関して法的な規制を及ぼすよりも,むしろこれらを幅広く尊重する
> 常木淳 「不完備契約理論と解雇規制法理」
http://mojix.org/2009/05/03/tsuneki_kaikokisei

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金子良事
> 労働組合の形態としてユニオン・ショップに反対です。理想主義と言われようが、原理主義といわれようが、労働組合の理想は労働者の自主的活動にあると考えているからです。ただし、その組織形態が産業別だろうが、職種別だろうが、企業別だろうが、何れでも構いません。それは経済体制(ないし産業構造)によって適切な形態は異なると考えるからです
> 社会政策・労働問題研究の歴史分析、メモ帳 『新しい労働社会』の提唱する新しい職場からの産業民主主義について
http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-43.html

解雇と有期契約について

えーと
http://hamachan-law.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-00c6.html
の続きです

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>解雇することはできないと禁止規定をおいた上で、この規定を一定の場合に除外する特別の契約類型を創設する

何でこういう風に話が進んじゃうかな。特約があれば原則として除外すればいい。というよりも、

特約がない場合の方が例外で、そのときには原則として解雇できない(あるいは、解雇できる、でもいいですが)

という考えにはなぜならないのかと

>予め合意が存在している場合と合意がない場合では、判断を変える

って、当たり前のことでしょう。まあ、「その当たり前のことがもしかしたら期待できないかも…」ってのが根本問題なのでしょうが

要するに任意規定であると明記すればいいのです。そもそも雇用契約の不完備性を補うためであるなら、任意規定とするのが筋です

(労働契約法)
> 第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。 
> 2 労働契約に基づく権利の行使による解雇は、客観的に合理的な理由のあるものとする。

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http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2005/12/post_61a3.html?cid=58425179

「特約の効力」を原則として認めた場合

についてですが。この場合

1:特約がないときは、原則として解雇できる、
2:特約がないときは、原則として解雇できない

のいずれであるにしても、特約付きの契約には何ら影響しません。その理由は
http://hamachan-law.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-33c4.html
の後半を参照して下さい。ここでは、「Aでない訳ではない」=「A」であるということだけ、繰り返し注意しておきます。

「特約の効力」を原則として認める。但し、客観的で正当な事由がある場合に限っては、特約を反故にすることを認める

となるようにするだけで済む話です。後は、どのようなことならば正当事由に当たるか、あるいは、当たらないかを具体的に詰めて行ことです。

> 契約は公序良俗に反しない限り有効であるはずです。
http://takamasa.at.webry.info/200512/article_25.html

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とは言え、「特約がないときは、原則として解雇できない」としておいた方が(法理論を転換することになりますが)、特約を設けるインセンティブを企業側に与えるかもしれません。

不完全性定理

1:意味論的には「Aである」か、「Aでない」かのどちらかに決まっている命題

2:「Aである」か、「Aでない」かのどちらであるかを形式的に判断できる命題

不完全性というのは、1であって2でない命題が存在することを言う訳です。

そして、「ある(緩い)条件を満たす形式的な数学体系は不完全である」ことを主張する意味論的な定理が不完全性定理です。(普通は、定理と言えば意味論的な定理のことを言います。形式体系における定理は「括弧付きの定理」です。これらは別物です。)

>ある数学的対象を公理化しても、不完全性定理により、それ自身もその否定も証明できない文が存在する。そこで、それかその否定のどちらかを新たな公理として追加する。新しい公理系にも、それ自身もその否定も証明できない文が存在する。以下、これをいくらでも繰り返すことができる。
http://d.hatena.ne.jp/wd0/20081116/p1

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数学ですらこの有様ですから、日常的な契約は推して知るべし、というものでしょう。(ま、とは言え、これはアナロジーですが。)

さて、「Aである場合に解雇できる」、「Bである場合には解雇できない」と規定した場合に、AかつBという事象が存在した場合には、この契約は矛盾しています。一方で、「Aでない」かつ「Bでない」という事象が存在した場合には、この契約は不完全です。

このような状況を回避する手っ取り早い方法は、

1:「Aである場合に解雇できる」、「Aでない場合は解雇できない」と規定する

2:「Bである場合に解雇できない」、「Bでない場合は解雇できる」と規定する

のいずれかのやり方をすることです。

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ここで、重要なことを書きます。実は、上記の「1」と「2」は論理的に区別できないのです。1番の「A」に「Bでない」を代入すると2番になり、2番の「B」に「Aでない」を代入すると1番になります。「Aでない訳ではない」=「A」であることに注意して下さい。

つまり、仮に1の形式で契約を書くように規制したとしても、もし2の形式で書けるならば、それと同じ内容のことを1の形式で書けるのです。

法律家の混乱

あらためて、彼らの議論を見ていて気付いてことがある。どうも、彼らは「一般と例外を論理的に区別できる」と思っているらしい。

そんなことできませんよ。「Aという事象」と「Aでないという事象」のどちらが一般的で、どちらが例外的であるかなんて、それは恣意的な感覚の問題です。論理の問題ではありません。論理的に区別できると思っているから、議論が混乱するのです。いい加減、止めた方がいいですよ。

因みに、「Aでない訳ではない」=「A」です。少なくとも通常の論理(古典論理)ではね。こういう初歩的な論理の感覚も覚束ない人も多いんじゃない?

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解雇が法律的にできる場合が一般的で、解雇が法律的にできない場合が例外的であるとき「法律的に解雇自由」と言う。逆に、解雇が法律的にできる場合が例外的で、解雇が法律的にできない場合が一般的であるとき「法律的に解雇自由でない」と言う。それは、いいですよ。でもですよ、「どういう場合に解雇ができるのか」という法律的な判断が仮に一致していたとしても、一般と例外の感覚は一致しないかもしれない訳です

一体、何なのかね?

自分はそのときどきで言葉の意味を色々な意味で使っておきながら、他人の言葉は勝手に一つの意味に決め付ける。一体全体、何なのでしょうか?

http://hamachan-law.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-4406.html
http://hamachan-law.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/hamachan-35be.html

2009年8月23日 (日)

hamachanの言質:

> (クビ代1万円也) http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-fb88.html
> (ベンチャー社長セクハラ事件) http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_586b.html
>
> いうまでもなく、法律用語で「解雇自由」というのは、こういう解雇も正当であり、びた一文払う必要はないということを意味します。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-b75a.html?cid=58414078

日本は「法理論的には解雇自由」ですから、日本ではこういう解雇も「法理論的には正当」なのですね。ふむふむ
それとも「解雇自由」と言っても色々な意味があるのですか?

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> やはり解雇の金銭解決問題をもう一度きちんと議論し直す必要があると痛感します。

一応、言っておくとこういう話自体は賛成なのですよ。素人をその場凌ぎの議論で騙すようなやり方を問題にしているだけで

hamachanによると、日本は「解雇自由」です

日本はアメリカやデンマーク(w)と同様に「法理論的には解雇自由」でした。ちゃんちゃん

hamachanの主張
>無期契約というのは、解雇できない契約ではなく、いつでも解雇できる契約であるという民法の大原則は、現在においてもなお否定されているわけではありません

>「濫用」という以上、これは法理論的には例外的状況であって、厳然と存在する権利を行使したんだけれどもやっぱりいろいろ考えると都合が悪いから、「濫用」という葵の御紋を出して無効にするという論理構成です
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2005/12/post_61a3.html

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団体協約を含めて契約に「解雇(または雇止め)を制限する特約」がない場合は、解雇自由(または雇止め自由)として、制限する特約がある場合は特約に沿って解雇(または雇止め)を制限すればいいのに。というか、それがごく普通でしょ。

要するに、「正当事由という特別な事由がない限りは、契約を一方的に反故にすることは認めない」という当たり前のことをすればいいのです。そうすれば、特約に抵触するような場合でも、経営が悪化したときに相当の割り増し退職金を払って整理解雇をすることは、正当事由になるかどうかという形で議論もできる。

>例外的な伝家の宝刀であるはずの権利濫用法理を、ごく一般的な事態に適用される原則的な法理として活用してきてしまったという、法律論としての転倒

がおかしいのだからさ、この部分を変えましょうよ。

「規制緩和」という言葉を理解できない法律家たち

規制緩和するってことは

契約に「解雇を制限する規定」を設けることもできる

ってことなんだよ。あんたらは、

規制を緩和したら、解雇が容易に絶対なっちゃうよー

とでも思ってるのかね?w

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上のように書くと、言葉を理解できない法律家は、

お前は「団体で交渉する自由」を認めないのか!

とか何故か言い出すんですよ。いつ、そんなこと言たっけ?

団体で交渉したい人は団体で交渉したら別にええやんか。

2009年8月22日 (土)

hamachan公開インタヴュー

>デンマーク社会全体が一つのグループ企業のようなもの
>解雇自由といってもそれはある子会社から配転することが自由だという意味に過ぎません

確か「これは解雇が痛くない社会であることを説明するための比喩」であると釈明されましたね。

解雇が痛くない社会であるのは、なぜですか?

1:解雇の場合には給付が充実しているから…
2:解雇と言っても「デンマーク社会全体」の意向で、当該労働者を現在の職場から解雇し、尚且つ、「デンマーク社会全体」の責任で、当該労働者を次の職場に配置するから…

>デンマーク社会全体が一つのグループ企業のようなもの
>解雇自由といってもそれはある子会社から配転することが自由だという意味に過ぎません

という「比喩」は「2番目の理由」のことを言っているように見えます。それは、本当ですか?違うとすれば、この比喩は実際にはどういう意味なのでしょうか?

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「新しい労働社会」~濱口桂一郎著、岩波新書~

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